8月の夏の夜、全身が破壊された状態で私は1つの心理にたどり着いた。
この世で最も強いのは”仕事熱心な人間”だ。
人生とは総合力とプラカードを下げて生活している私にも弱点がある。
酒と仕事熱心な人間だ。
酒は体質的な問題であり、訓練すれば飲めるようになるという話だが、そもそもうまいと感じたことがない。訓練という支払いがあるからにはリターンが存在しなければならない、それがうまくないのであれば訓練の必要がない。これは損得勘定の結果の合理的な解であり、断じて逃避ではない。
だいたい酒を飲んでいる奴は、途中から呂律が回らなくなり、何を話しているかわからなくなり、誰と話しているのかわからなくなっている。こんな状態で酒がうまいかどうかわかるわけがない、しまいには後半の記憶がないと言い出す。
誰と何を話しているかわからなくなった数人が話し込み、翌日には全員その記憶はない。
いったい何の時間なのか説明してほしい。
こんなバカみたいな飲み方をしない、大人な飲み方をする人たちもいる。
ペットボトルの蓋くらいのサイズの器に酒を注ぎ、ちびちび酒を飲むのだ。
私からすればこっちの方がバカみたいな飲み方である。
ちびちびと飲んでそのたびに「うまい」「うまい」と呟く様は滑稽である。
そもそもうまいものを摂取する時は、箸が止まらず・手が止まらずドカ食いして気絶するまで食うものだ。食い終わったときには「え?これ、食べたらなくなるんですか?なくならないやつあるます?」と気がふれた状態になったあとに気絶する。
私は人生でうまいと思ったものをちびちび摂取したことがない。
あの摂取の仕方は「うまい」よりも「熱い」の時に行われるべきだ。
このあたりの味覚に関する内容については他にも不満があるため、これについてはいつか別の記事にする事とする。
二つ目は仕事熱心な人間だ。
私も仕事が嫌いではないし、会社に行きたくないと考えている日本人の大体よりは、仕事熱心だという感覚はある。
そりゃあ年中全力で仕事をしているかといわれるとそんなことは無いが、プロジェクトが盛り上がってきたら一緒に働く人の平和を守るために頑張るし、平和な時期は平和を謳歌する程度に仕事熱心だ。
そんな私がなぜ仕事熱心な人間が、自分の弱点だと実感したのかを紹介したい。
原因はこれから紹介する2人の人物である。
まず一人目は歯科衛生士のお姉さんだ。
仕事に慣れてきた私は人に怒られることが少なくなり、怒ってくれるのは歯科衛生士か妻くらいのものだ。
歯科衛生士のお姉さんはマスクをしているうえに妙に丁寧に案内してくれるため、とにかく可愛く見えるのだ。
そして歯医者という場所は幼少期の記憶から、危険・痛い・怖いの3拍子が揃っており、ここでは自分の意見は発せず、ひたすら言われたとおりに行動する必要があると脊髄に植え付けられている。
「ん~もうちょっと、角度つけてやってみようか」とか「ちょっとお願いしたい内容考えてきたんですけど」と歯医者で発言する奴は存在しない。
患者は完全に、私滅するのだ。
歯医者では歯に異常のある人間がベルトコンベアで部品のように流れてきて、それに対して適切な処置をプロが判断して行う。
コンベアの上に載っている’不潔部品野郎’の言い分は一切不要で、「痛かったら手を挙げてください」も
「痛かったら手を挙げてもいいですけど、コンベアに乗った部品だから基本的に絶対我慢しろよ?そもそもお前が不潔、もしくは歯の配置を間違えて生まれてきたんだろ?我慢しろよ?」
という内省を強制する儀式なのだ。自らの罪を受け入れろというパラダイムシフト、歯医者に来る人間はすべからく罪人だった。
私が通う歯医者で、仕事熱心な歯科衛生士は突如現れた。
恐らく年下で、ニコニコ話す、なんと言うか元気いっぱいで歌のお姉さんのような歯科衛生士だった。
検診が終わり、これからクリーニングをすると歌のお姉さんは言った。私は口を大きく上げてお姉さんに身を委ねた。
その昔、歯科衛生士のお姉さんは絶対に年上だった。しかし、今では年下の女の子に口の中を好き勝手されているのだ。年下の女の子、口の中、好き勝手、というワードに手を挙げるどころか、別のところが立ち上がりそうだった。
パラダイムシフトの中、手を挙げただけでもどうなるか分かったものじゃないのに、股間を挙げた日にはどんな目に合うかわからない。
“この建物の中にあるもので、できる限り人間を苦しめてください。”
檀上のビートたけしのこの言葉を口切りに、人を苦しめさせる競技大会が始まった場合、優勝するのは確実に歯医者だ。
歯医者という空間には切って、開いて、削って、刺して、塗って、吹きかけて攻撃するものが揃っている。おそらく総合病院だっての人間を苦しめる代表は口腔外科だ。
歯科衛生士は磨き残しを赤く染めて、わかりやすくする塗料を私に渡した。
磨き残しを見てお姉さんは
「あ~ちょっとだけ磨き残しがありますね~☆ ここ磨くの難しいですよね~☆、私も苦手ですっ!(激カワスマイル)」
「ちょっと一緒にやってみましょうか☆」
断ることはできない、「あ、歯磨きはわかるんで大丈夫です」と口の中を赤くして喋っても受け入れられるわけがない。「恥ずかしいので練習は無しにしましょう」といった後に強行突破された場合、恥ずかしさが倍になる。それも言えなかった。
そうして私は手鏡と歯ブラシを渡され、口を大きく開けておねえさんの前で歯を磨き始めた。
「あ~そうですそうです!上手上手☆」
「そこは口を閉じた状態で磨くといいですよ~?↑↑ そうです!そうです!上手!上手!ZYO☆U☆ZU!」
私の30年かけて築いたプライドは音を立てて崩れ去った。
ビジネスマンの姿か?これが、、、
口を開け、手鏡を持ち、30年間続けてきた歯磨きを年下の女の子に訂正されるダサさ
”生き恥”
黒死牟と化した不潔部品野郎は、仕事熱心な歯科衛生士に敗北した。
なんでこんなにハイテンション歯科衛生士が常勤しているんだ。もっと仕方なく働いている感じの女の子が良かった。歯の磨き方を訂正する歯科衛生士として彼女が100点なのは言うまでもなかった。
この女性の目的は患者の歯の磨き方を訂正することだけを目的としている。そのために出来ることを全てやっているのだ。人間の行動を修正するには”褒めること”が最重要だという彼女の哲学を感じる。
おそらくこの女の座右の銘は、第26、27代連合艦隊司令長官 山本五十六の言葉だ。
”やってみせ 言って聞かせて させてみて 褒めてやらねば 人は動かぬ”
街の歯医者に、日米開戦を最後まで反対した旧日本海軍の名将の影を見た。
翌週にはパーソナルジムの体験を予約していた。
仕事熱心な人間の二人目は、パーソナルジムのトレーナーだ。
私は転職したのをきっかけにジムに通うことを再開しようと考えていた。コロナ禍初期ではトレーニングジムは悪役となり、会員がこぞって退会した。私もその一人だった。
そんなジムも今は復活し、私はせっかくならパーソナルジムのサービスを受けてみようと考えた。
当然ジムは体験に行き、その場の雰囲気を比べる必要がある。私は家の近くの3件を予約した。「〇〇ジム」、「よこかわジム」、そして「X-Treme Personal GYM」だ。
最後の1つだけおっかない名前だが、予約した順序はX-Tremeが最初だった。
今考えれば筋トレしている奴は大体ヤバイ、パーソナルジムに手を出す奴はもっとヤバイ、そこで働く奴はさらにヤバイ。そんな”どう考えてもヤバイやつら”の中のX-Tremeである。
私は気づかずに難易度をextremeにしてゲームを開始していた。
ジムに到着すると前の枠の客がいた。半身刺青の筋肉ヒゲダルマだった。身長180cmある俺よりも縦も横もでかい。
「ゥォァアアアアイッッ!!」
攻撃的な声をあげて刺青ヒゲダルマはパワーラックを使っていた。
店員が駆け寄ってくる。こいつも遥かにデカい恐らくアメフト選手だ。
「ウッスーッ!体験のTKさんですね、ここで問診票かいてまってて」
「まるちゃんもう1セットやろう!!」
「ゥォァアアアアアアアイッッ!!」
半身刺青筋肉ヒゲダルマを「マルちゃん」呼ばわりするするトレーナーを横目に私は問診票を書くことにした。
・気になっている筋肉はどこですか
・普段トレーニングをおこなっていますか
・過去にトレーニングの経験はありますか
「ゥォァアアアアイッッ!!」
・過去にトレーニングで痛めた箇所がありますか
・過去にトレーニングで気分が悪くなったことがありますか
「ゥォァアアアアイッッ!!」
・今日の体調は良いですか
うしろでうるさいヒゲダルマと徐々におっかなくなる問診内容。私はTales of Destiny2のアクアラビリンスに入るときの「本当にセーブをしましたか?」という警告を思い出した。
退路は無くなっていた。
ヒゲダルマはトレーニングを終え、目がバッキバキにキレている状態で店を出ていった。
トレーニングで分泌される成分全てがカンストしていた。まさにextreme。
担当してくれたトレーナーはプルデンシャル生命保険株式会社の営業そのものだった。以下プルゴリと呼ぶこととする。
プルゴリ「普段はどんなお仕事されているんですか?」
プルゴリ「ちなみにトレーニングを始めようとしたきっかけは何ですか?」
こういった私の想定問答は大きく外れた。相手は服をまとった筋肉の塊だ。
実際の問答は以下の通りだ。
プルゴリ「なるほど、お腹周りの筋肉が気になるんですね」
プルゴリ「週何回くらい筋肉にこれますか?」
プルゴリ「食事制限をする筋肉だと想定していいですか?」
プルゴリ「食事後には来ないでくださいね、きつくて45分トイレに籠っちゃった体験筋肉さんもいましたから」
さらっと犯罪経歴を口にしたプルゴリは冗談を言っている雰囲気ではなかった。
トイレに籠った雑魚筋肉には本当に迷惑したというニュアンスだった。
私が普段何をして何を目的に来たか、趣味が何かなど一切興味が無く、如何にしてこの客をextremeにするかしか考えていなかった。
プルゴリは一通り私の筋肉を把握した後、キツさを体験するには足のトレーニングがいいから今日は足をやるといい始めた。
いったいどこの誰が”キツさを体験したい”と口にしたというのか。
私は後出しで、前腕が細くてアンバランスだから腕にしましょうと提案した。
プルゴリは「そんなことないですけどね」といった後、幸いプランを変えてくれた。
この場合の「そんなことないですけどね」は
「そんなにアンバランスじゃないですけどね」ではなく
「前腕以外も細いから気にする以前の問題ですけどね」だということは言うまでもない。
パワーラックを使ったトレーニングをすることになった、要するにベンチプレスだと思ってくれ良い。
ベンチにセットしプルゴリは「続ければ絶対に結果は出ます」といった。
うん、そうだね。続ければね。
その後のトレーニングのキツさを私は言語化できない。腕が消えたのだ。
自分でやるトレーニングと圧倒的に負荷が異なる。フォームを正され、呼吸を正され、死ぬほどゆっくり上げ下げするのだ。
10回上げる中の8回目で私は力尽きた。もう絶対に上がらない。
プルゴリ「じゃあ、あと5かぁああい!!!」
今、俺が上げれなかったの見てたよね?あと1回ならともかく5回は絶対無理だよね?なにが”じゃあ”なんだろうか。
プルゴリはトレーニングを支える域を超えてバーをプルゴリが上げ下げしていた。私はバーをかろうじで握っているだけだった。
プルゴリ「最後ほとんど僕の筋トレになってましたよ」
プルゴリ「自分で限界を決めちゃうから上がらないんですよ、もっと上げられるはずです」
私は声にならない返事をしていた。久しぶりにガッツリ人にダメ出しを食らっている。
限界を決めるのは私でもプルゴリでもない、腕が決めるのだ。消えた腕からは「もう無理」という声も聞こえなかった。
徐々に重量を落とし、最終的には重りがついていないバーだけの状態でプルゴリが「あと5かぁああい!!!」と叫んでいた。
ここでX-Treme Personal GYMの理念を再確認してみよう。「絶対に結果を出すパーソナルジム」
顧客は、結果が出て”肉体が変わること”だけを望んでいる。楽しくエクササイズという空気が存在しなかった。
この崇高な理念のもとに放たれたプルゴリたちは「顧客の筋肉を壊せ」という経営者の支持を忠実にこなしていた。
当然だが私は別の○○ジムに通うことにした。
X-tremeでは絶対に結果が出るが、道中に死人が出ることと、予約した時間変更できないというリアルな理由もあった。
以上が私を恐怖させた仕事熱心な人たちだ。恐ろしいことに二人とも年下である。
この二人を前にして「もっとお願いします!!」と食らいつける人間がどれくらいいるのだろうか。
この2つの店舗についてgoogle mapのレビューを除いてみた。
文句なしの超高得点で感謝のコメントが殺到している。
いかにネット上のCriteriaが当てにならないか、読者に伝わって幸いだ。
おわり。
その3もどうぞ