「あんなに楽しそうにしていたのに、、、」家庭科の女性教諭は泣き出していた。
本当に申し訳ない思いでいっぱいだった。
上記だけ見れば死人が出たような内容だが、そんなことは無い。きわめてポップな事件であると先に明言しておく。
前段として私の学生時代を少し書かせてほしい。
学生時代の私はその時間のほとんどをサッカー部に費やしていて、悪事に働く時間などなかったのだ。
高校時代からは、さらにそれが顕著になった。学生生活の中で何か問題を起こした日には、先輩やコーチであるOBに何をさせられるか分かったものではなかった。
逆に言えば、中学校時代は若干態度が悪い学生だったように思う。もっといえば私の周りがやんちゃだったのだ。私の周りのやんちゃな人たちは喧嘩、タバコ、酒、バイクにようなやんちゃではなく、裕福でしっかりとした家庭で育ったガキンチョだった。ちょっと人より悪口が多かったり弄り方が強いくらいの可愛い物だった。
今回校長室に連行させられたのはA、B、N、そして私で4人だ。
部活も夏の大会で引退し、受験が本格化する前のモラトリアム期間で発生した。
悲劇の舞台は家庭科室だ。
中学3年では実技を選択科目から選ぶこととなっていた。音楽、体育、図工、家庭科。この中から2つ選択するのだ。当然一つは体育だ。これを選ばない判断は当時なかった。
体育着に着替えて野球やサッカーをやる、この時間は学年男子のIQが半分になって皆サルのようにウキーウキー騒いでいたものだ。
登場人物のA、Bの人柄を紹介するためにも、思い出話をさせてほしい。
選択体育の時間では”ズボン下ろし”が大流行していた。油断した奴の背後に近づき、ズボンを下すのだ。大体は突如トランクスを校庭で公開することになる。今思えばトランクスで歩いても問題ないくらいだが遠くにいた女子も横目で見ており、ズボン下ろしを食らうことは思春期の我々には攻撃力が高すぎた。
私の中学には明確に序列が存在し、上位存在は下位存在にズボン下ろしができるが、その逆は許されない。そんなことが起きれば空気は凍り付き、翌朝上履きと教科書がゴミ箱に突っ込まれるところから始めることになるだろう。幸いこの禁忌を破るものはいなかった。
AとBは学年の独裁者だった。反抗できるものなど存在しない。Aは気分屋ではあるが基本的に理性的な男だったが、Bは違う。学年で1番運動も勉強もできたが、誰よりも無邪気だった。
そして当時のズボン下ろしには相手に恥ずかしい思いをさせてやろうという気持ちや、自分は攻撃できる側だぞ、と周囲や向こう側の女子にアピールするニュアンスを含んでいた。
しかしBだけは違った。こいつだけは純粋にズボン下ろしを心から楽しんでいた。周囲の目や立場など一切気にしない。しかも悪いことに、こいつは”もういっそチンコまで出たほうが面白いだろう”と心底考えていた。
私やNのズボン下ろし攻撃はズボンに触れようとする素振りや、掴んで「やめろよ~」と場を盛り上げる程度だったにも関わらずだ。
ズボン下ろしのくだりが始まると全員がBの所在を確認する。あいつだけは他人のチンコを晒すことを目的をしており、ほかのやつとは違うのだ。下手すれば相手のトランクスを奪った挙句、そのトランクスを掲げて学年最速のスピードで走り回る可能性すらあった。
Bに上位存在は存在せず、同級生は誰も助けてくれることは無い。フルチンで絶対に追いつけない相手を追い掛け回すか、フルチンでその場でうずくまるしかない。地獄である。
お察しの通りこの記事は長くなる。家庭科の先生が泣くシーンは相当先だと明言しておく。
選択家庭科では男子は7人のみ、当然A、B、N、私が含まれている。あとは学年の女子が多数在籍していた。無論イケている女子グループ、要するにかわいい子も一杯いたし、Nの彼女もいた。
なぜ選択が家庭科になったかというとA、B、N、私でつるんでいて「なんか食えるし家庭科じゃね?」その一点だけだった。頭が悪い。
お察しの通り我々はなんか食ってしまったから校長室に呼び出されたのだ。
態度の悪い我々だったが隣の島がイケてる女子グループだとわけが違う、いつもより真面目に、ちょっと盛り上がっている雰囲気を出しながら楽しく男4人で料理をしていた。お弁当を作る授業ではアンパンマンのキャラ弁を作ったものだ。
まず米をしき、その上にアンマンパンの顔となる丸型のハムを置き、半分に切ったミニトマトをほっぺに見立てて、最期に海苔をハサミで目、眉毛、口の形に切り取って配置して完了である。
かつてこれほどまでに真剣に家庭科に取り組んだ男子グループがあっただろうか。職場に美人がいると、男は良く働くとはよく言ったものである。ちなみにこのお弁当は写真と工夫したポイントを紙に書いて地区のコンテストに提出する。
隣のイケてる女子グループは見事入賞し、我々は彼女達がいいお嫁さんになることを無言で確信した。我々も相当頑張ったので若干悔しかったが、当然の結果だった。
何しろ常温の白米の上にハムを置いて上に半分に切ったプチトマトである。まずあの丸型のハムは食パンやサラダと共存することはあっても、白米と共演することが絶対にないのだ。まとめて口に入れようものなら、初めましての白米とハムの間にプチトマトが割り込んで口の中で爆散する。どう考えても気持ち悪い、こんな弁当を出された日には子供だってコンビニ弁当を買いに行く。
のちに聞いてみれば、女子は栄養バランスなどを工夫した点として提出していたらしい。そりゃ表彰されるわけだ。それに対して我々男4人が書いたのは
「のりでアンパンマンの顔を作るのが難しかった」
である。どう考えても2~3歳時の言葉だ。地区の審査をした教諭は突如現れた2次性徴が終わった3歳児のキャラ弁をみて困惑したに違いない。
学年最高峰の成績を誇る男子4人が集まってこれなのだから、私は男の頭の悪さを痛感した。
事件の発端は、調理実習の中で家庭科の先生がAとNに言ってはいけないことを言ってしまったことからはじまる。
『奥の冷蔵庫に食材があるからとってきていいよ』
致命的な油断。普段の行いを知っている担任であればこのようなことは起きない。AとNは目を離すと碌なことをしないのだ。AとNは食材を取ってきて、調理実習は静かに終わった。
家庭科室を少し出る前にAがBと私に対してこう言った。
A「ポケットの中に何がはいっているとおもう?」
ほらみろ碌なことにならない。ポケットの中にはスーパーカップバニラが2つ入っていた。
次の授業で2年生が使う材料をパクってきたのだ。一杯あったからバレないと思ったらしい、中学生男子の頭の悪さは天井知らずだ。
我々はついでに備品のスプーンもパクって、家庭科室を出た。そして人目につかないエリアでアイスを分け合った。悪いことをしている間は本当に楽しい、楽しすぎてアイスの味がしなかった。我々は悪行で腹を満たしていたのだ。
食べた後に困ったのはゴミの処理だ。私は「じゃあ俺が小さく畳んで家に持って帰って捨てる」と提案したがなぜか聞き入られなかった。
A,B「そんなことしなくてもトイレに流せばいい」
どう考えてもそっちの方がそんなことしなくていい。だが思いは届かず、AとBは3年の男子トイレに直行し私とNもそれについていった。Bは食べ終わったカップをトイレに放り投げ、流すためレバーを回した。軽い紙でできたカップが流れていくわけがなく我々の見える位置でで高速に回転した。我々は爆笑した。あの時は起きる全てで爆笑できた。
しかし、休み時間は10分しかなく次の授業開始のチャイムが鳴った。慌ててBは回転するカップをトイレから取り出し、窓からぶん投げた。使ったスプーンは教室に向かう途中の図書室の書類エリアに突っ込み授業に戻った。
次の授業の最中にBが呼び出された。私は困惑した、あまりに特定が早すぎるのだ。
蓋を開けてみれば2年生の授業が始まったとほぼ同時にアイスの数が足りないことが判明し、3年のトイレから身を乗り出してスーパーカップをぶん投げるBの姿を真下の喫煙所にいた教師が見ていたらい。
教師陣は他にも共犯者がいるとにらみ、容疑者をあぶりだした。2年生の授業の開始前に家庭科室を出入りできた3年の選択家庭科に出席しており、Bと親しい人間。完全に俺じゃないか。その特徴は完全に俺とNとAじゃないか。もはや言い逃れする余地はなかった。
B、N、私、最後に親玉のAと順番に呼び出され我々は捕まった。
校長室に呼び出されると暗い顔をした家庭科の先生と我々の担任であり、サッカー部の顧問である野口教諭がいた。奴は我々の天敵だった。もちろん中央にトカゲのような顔をした校長先生がいた。トカゲのような表情ではなく、そもそもトカゲみたいな顔立ちをしている。私はこいつが原因でトカゲがしゃべるアニメが嫌いなのか?このトカゲ確実に自宅で児童ポルノを所有している。
トカゲは「大変なことをしてくれた、反省ないといけない、家庭科の先生に謝れ」と話した。
なにしろ初めて校長室でゆっくり過ごした我々は、部屋に飾られるトロフィー・高級な品々、普通に校長室見学を楽しんでいた。中学生にとって学校が全てであり、校長は神だった。トカゲだけど。校長室は神の領域だったのだ。
気が付いたらドラえもんみたいな見た目をした家庭科の女性教諭が喋り始めていた。話はあまり入ってこなかったが
「あんなに楽しそうに料理をしていたのに、、、どうしてこんなことになってしまうの」
と泣きながら話した。本当に申し訳ない気持ちになった。一体我々がどれだけ楽しそうにアイスをパクったかこの先生は知らない。”あんなに”の25倍くらい楽しそうに駆け回っていたのだ。
そして天敵が口を開いた。
「お前らどうやって食べたんだ?素手じゃないよな?」
やはり天敵、我々に罪の大きさを認識させるために食器の盗難まで罪状に加えようとしている。当時未熟だった私のCPUはフル回転した。私が言い訳をする前に学年一の秀才であるBが先に口を開いた。
B「はい、素手で食べました」
天敵「そんなんでうまかったのか?」
B「はい、うまかったです」
あまりに無策。こいつ本当に学年で一番頭がいいのか?どこの世界にスーパーカップのアイスを素手で食うやつがいるんだ。あまりに頓珍漢な回答に私は呆れ、AとNは殺虫剤をかけられた虫のようにピクピクと震えて笑いを耐えていた。
天敵は無策で突っ込んできたBを見つめ黙っていた。何しろ素手で食べたと主張するのだからこれ以上どうしようもない。Bはやはり学年で1番の秀才だったようだ。
虫のように笑いを殺すAとN。まっすぐ見つめ合うBと天敵。震えて泣くドラえもん。高そうな服を着たトカゲ。この世のカオスが神の領域を満たしていた。私がバンクシーだったらパレスチナの壁にまずこのアートを書く。
ことの顛末は翌日弁償するために一人50円を持って家庭科室に行き、結果的に一番の被害者となった2年生の前で謝罪をさせられた。
50円を握って家庭科室の前に行ったとき、私は罪の重さが50円しかないように感じるからこの対応は教育上よくないなと思った。何しろ50円の罪だ。
「皆さんのアイスをパクって食べてすいませんでした。」
尊敬するサッカー部の先輩たちの謎の介入に、後輩はさぞ困惑したことだろう。
後輩に対してバカ丸出しのエピソードをドラえもんが話し、最後に我々が頭を下げた。ぶっちゃけこれが一番堪えた。
いじめとか他校と喧嘩、警察沙汰じゃないだけ私の学校がいかに平和だったかが伝わったと思う。
これだけ情けない話だが校長室でアートを見れたことを含め、アイスをパクって食って本当によかったと思う。ただ、流石にバカみたいな内容で人に謝罪する事は無いようにしようと陰ながら思っていた。
翌週、選択家庭科の授業でドラえもんはなんと我々を暖かく受け入れてくれた。
我々はこのドラえもんがいいお嫁さんになることを無言で確信した。
終わり。