第二章「月明かりが照らしたもの」
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マルゼーグはアクトンよりも南に位置しているため、9月の夜にもかかわらず気温は下がらず、長時間の移動で疲れた私達にまとわりつく居心地の悪い蒸し暑さは、私達の体を自然と涼しい場所へ運んでいた。
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隣を歩く博士は不機嫌そうに腰をさすっている。8時間の電車移動の後半6時間を同じ姿勢で寝て過ごしていたせいで腰を痛めていたようだ。
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「治癒魔法で腰の痛みを取れないんですか」と聞くと「治癒は専門じゃないし、万が一失敗したときに腰骨が爆散するから嫌だ」と断られた。
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それにこの人に治癒魔法は使えないという新情報を得た事に、私は少し満足すると同時に、護衛という任務の責任を感じ始めていた。魔法で敵を撃退してその場で傷を治すような絵本の中の魔法使いと、この人は違う。
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「ずっと同じ姿勢でいるから悪いんですよ。旅の初日にエコノミー症候群で入院するのかと思いました」
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「おー、博士。生きとったんか」
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陽気な声が聞こえてきた方向視線を向けると、メカニックが着るようなつなぎを着た男性が手を振りながら歩いてきた。
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「ガウルさんこんばーん!8時間は思ったより長かったデス」
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ガウルさんと呼ばれる男性は40代中盤から50代ほどに見えた。私達の倍は生きているであろう人を相手に、博士は随分と親しげに受け答えをしていた。
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「ん?そっちの可愛い子は誰や博士」
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「レインと申します。博士の付き人をさせていただいております。ちなみに今日が1日目です」
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「若いのにけったいな奴の付き人はじめてもうたなぁ、まぁ、めんどくさくなったら逃げてええから」
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私は軽く頭を下げると博士とガウルさんは話し始めた。二人の会話を聞いていると見えてきた情報がいくつかあった。
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どうやら博士と旧知の中であるこのガウルさんという人は、魔法の研究をしている魔法使いの一人らしく、飛び交う専門用語は全く分からなかったが、ヴァリアントと呼ばれる魔法の研究を博士に手伝ってもらいたいという立ち位置らしかった。
[[3-13]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-15]]
そういえば、このガウルさんという人物も中央魔法研究所の研究者であるにも関わらず、なぜ博士を『博士』呼ばわりしているのだろう。言ってしまえばあなたも博士なのでは?
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「というわけでレイン、今日はもう宿に向かって明日の正午から動き始めることにしよう」
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はい。と私が短く答えたところでガウルさんが車で送ると言ってくれたが、運転が荒いから嫌だと博士が断ってしまった。すると、ガウルさんは宿の案内が書かれた紙と封筒を渡して立ち去った。
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「ガウルさんが三日分だけ宿を取ってくれてマス。その先はレインが用意してクダサイ」
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「わかりました」
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「あ、そうだレイン」
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「何でしょうか」
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「何故私が『博士』と呼ばれるのかきになっちゃいマシタ?」
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「博士、人の心の中を読まないでください」
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私達は、ガウルさんが渡してくれた宿の案内を見ながらマルゼーグの夜道を歩き始めた。
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マルゼーグの夜道は荒れたものだった。
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徘徊する酔っ払いが私達に声をかけてきたり、裏路地から出てきた物乞いの子供たちが私達の周りをウロウロするような場面もあり、私の中にあった綺麗な港町のイメージを、裏表の差が大きな街という印象で上書きした。
[[3-25]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-27]]
裏路地を向けて大通りに出ると、ガウルさんが用意してくれた宿に着いた。いや、宿というよりは立派なホテルだった。
[[3-26]]
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私達は歴史を感じさせる風格ある建物に足を踏み入れ、ホテルマンが案内してくれた部屋に入ると、これまでに経験したことのないほど洗練された空間が広がっており、一体いくら払ってもらったのだろうと私は動揺していた。
[[3-27]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-29]]
そんな私とは対照的に、全く動じない博士を横目で捉えた私は、自分の動揺をを隠すように声をかける。
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「同じ部屋で過ごすんですね、私の目の前で魔法の研究をすることになって良いのですか?」
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「大丈夫デース、私は私の頭の中だけで研究を進めるので」
[[3-30]]
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博士は手ぶらで出来る研究をしていると言う。赤いペーストになるとか、腰骨が爆散するとか言って、結局一度も魔法を使っている所を見たことが無いので、正直本当に彼女が魔法使いなのか怪しい所だ。
[[3-31]]
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とはいえ、先ほどのガウルさんとのやりとりや、このホテルの手配の状況から見ても普通の人ではないことだけは確かだった。本人から情報を得ることが難しいと理解した私は、博士の周りの人を見ることで博士について知ろうと考えていた。
[[3-32]]
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その後はシャワーを浴びた後、ホテルが出してくれた食事をとって他愛もない会話をして、少し横なった博士はどうやらそのまま眠ってしまったようだ。電車で5時間は寝たのに、またすぐに寝られるなんて、意外と旅上手な人である。
[[3-33]]
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私は暗くなった部屋で考える。変わった仕事を始めてしまった。出会って二日程度の人と見知らぬ街で旅をしている。一体私の何がそうさせたのだろうか。
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弓士、兵士としての実力を公にすれば、すぐに国の部隊に入ることが出来ただろう。しかし私はそうはしなかった。つまらない荷物運びや、熊や猪を追い払う仕事を細々と続けて生活していた。
[[3-35]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-37]]
恐らく父の影響が大きいのだろう。弓士として、兵士として絶大な力を持ちながらも、母と細々と暮らしていた父の姿を見ると、自然と私も同じ道を歩みたいと考えていた。
[[3-36]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-38]]
それでも、現状を変えようとして博士の応募に手を挙げたことが、これまでの私と異なる行動だったことは事実であり、その変化の理由は自分でもまだわからない。
[[3-37]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-39]]
大きな行動の理由は、いつだって結果の後についてくる、そんなことを考えるうちに私は眠りについていた。
[[3-38]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-40]]
研究内容を話してくれない博士に苛立つこともほとんどない。旅に参加した目的を話していないのは私も同じだったからだ。
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2章-2
[[3-40]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-42]]
翌朝、目を覚ますと博士は寝たときと全く変わらぬ位置で眠り続けていた。これでは体をどこかを痛めてしまいそうだ。
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-43]]
私が自分の身支度をすませ、この街にどんな店があるか、役所にどんな仕事があるのか確認をするために部屋を出ようすると、逆に寝相が悪い博士が起き上がり、「正午にこの部屋集合で」と告げるとまた横になってしまった。この人は朝に弱いようだ。
[[3-42]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-44]]
マルゼーグの朝は賑わっていた。
[[3-43]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-45]]
市場は朝から人で溢れ、南部で採れる野菜や果実が並び、港町の名産である魚もたくさん売られている。夜に見かけた酔っ払い達の姿はなく、裏路地は露店で蓋をされる形となり、その影を隠した。
[[3-44]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-46]]
イメージ通りのマルゼーグの市場を抜けると役所が見えてきた。
[[3-45]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-47]]
アクトンよりもはるかに栄えているこの街では、雇用の窓口は様々だったが、役所に張り紙をするという旧式の求人は今も細々と続いているようだった。
[[3-46]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-48]]
役所に張られた仕事は国の仕事がほとんどだった。事務仕事から保育の仕事、学校の先生なんかも募集が出ている。
[[3-47]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-49]]
私は1か月程度の短期での仕事、ついでに人間関係に問題がありそうな仕事という観点で仕事を探し、その結果2つの候補を見つけた。
[[3-48]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-50]]
求人の張り紙に書かれた情報をメモに残し、一度博士のもとに選択肢を持ち帰ることにした。
[[3-49]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-51]]
私が役所を出ると、酒臭い男が声をかけてきた。
[[3-50]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-52]]
「ねーちゃん仕事探してんだろ、酒場で働く気はねぇか、キレーな服で酒を運ぶだけさ」
[[3-51]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-53]]
普段なら「結構です」と一蹴するところだが、クアッドテールが人間関係に問題を抱えていそうな職場を探せと言っていた事を思い出す。
[[3-52]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-54]]
少し考えて、足を止めたのち、「結構です」とやはり断ることにした。ただ、確かに夜職のほうが不安定な人が多そうだ。
[[3-53]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-55]]
宿への帰り道、賑わう市場を横目に考える。私は旅先でも私に出来そうな仕事がある事に少し安堵していた。
[[3-54]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-56]]
慣れない仕事、慣れない旅先で人から必要と言ってもらえるのか、私は少し敏感になっていた。
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-57]]
誰からも必要とされなくなってしまった人はどうなってしまうのだろう。
[[3-56]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-58]]
そんなことを考え、露店で塞がれた裏路地に目を向けるが、そこには誰もいなかった。
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-59]]
ホテルに戻ると博士はいつもの髪型になっていた。
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「おー戻りましたか、レイン。良い仕事は見つかったデス?」
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「良い仕事かどうかは判断が付きません。が、候補は2つ用意してきました」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-62]]
「流石デス、自分が出来る仕事を見つけるのはそう簡単じゃないデース。さっそくどんな仕事か教えてクダサイな」
[[3-61]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-63]]
博士の言葉に反応して、私は帰り道に考えていた事が脳をよぎる。
[[3-62]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-64]]
「博士、人が人から求められるためにはどうすれば良いと思いますか?」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-65]]
思わず聞いてしまっていた。博士は魔法の専門家であり、人間の専門家ではない。それでも人と向き合う事を軽視している人には見えなかった。だから、どういう答えを話すか気になってしまった。
[[3-64]]
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「おお?なんですか急に。知らない土地でちょっとナイーブになっちゃったデスか?」
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「そう…ではないと思いますけど、どう思います?」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-68]]
「そうデスねぇ、実体験の伴わない答えというのは借り物の回答にしかならないと思いマス。それでもあえて言葉にしておくなら・・・」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-69]]
「凸凹であること。デスかね」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-70]]
「凸凹?得意不得意があるという事ですか?」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-71]]
大体の人間がそうだろう。と思いながらも私は博士に聞き返す。
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「そうデス。凸凹であること。それが意識的に生まれたものでも、無意識的に生まれたものだとしても、周囲の人は凸に惹かれ、そして凹んだ部分に反応を見せマス。
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-73]]
これが人から求められる事の源に近いところにある気がしマスね」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-74]]
「レイン」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-75]]
「はい」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-76]]
「私が完全無欠の研究者だったら、あなたはこの仕事を受けなかったでしょう?」
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「それは…そうかもしれません。ホワイトコーヒーとか言っていましたね」
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確かに、私は初めて出会ったあの日、博士が世間知らずで、見栄を張ってしまうような幼い一面も見たからこそ、私は力になれると思った。あるいは、そう考えさせられてしまったのだろうか?
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-79]]
「人の過去のミスを掘り返すのヨクナイ。(text-colour:red)[いつかホワイトコーヒーをこの世に広めてやるデス]」
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私と博士はお互い、やれやれ。と一息つくと博士は真面目な顔に戻って話をつづけた。
[[3-79]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-81]]
「気を付けなければならないのは、人から求められない時に、人を求める人の所に行ってはいけないという事デス」
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「? どういうことですか」
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「例えば、昨日の夜、裏路地に住む物乞いの子供たちと出会ったでしょう?彼ら、彼女らは私達に何かを求めていたはずデス」
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私は、博士に私がこの話をしたきっかけすら、見透かされているようだった。
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「それらに答えていては、相手に依存される。さらにはキリがないから危険。という話でしょうか」
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「その辺の危険性は当然ありマスが、真に気を付けるべきはその真逆の事象です。『未完成な人間』には依存性がありマス」
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「?? よくわかりません。もう少し話していただけますか?」
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「今日はここまでデス」
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「サービスタイム短いですよ、博士」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-90]]
「さっきも言いましたが、実体験の伴わない答えは借り物の答えにしかならないのデスよ。今私が何を言っていたのかレインが分かるようになったら、もう一度今の話をするデス」
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こうなった博士はテコでも教えてくれないだろう。話したくないことを話さない力は一級品だ。戦法が黙秘一辺倒なのでこちらに打開策はない。
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-92]]
ふぅ、と私は一息ついて話し始めた。
[[3-91]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-93]]
「私が見つけてきた仕事は2つと1つ。いずれも1か月から数か月の短期の仕事になります。面接時に相談すれば期間は調整できると思っています。
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-94]]
揉めることが有れば、報酬を下げることで交渉をします。私は博士のおかげでお金を必要としない立場なので、かなり楽に立ち回れます」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-95]]
「博士マネーに感謝してクダサーイ」
[[3-94]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-96]]
目の前でふざけて見せる博士を無視して、私は話を続ける。
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-97]]
「1つ目は兵士教育をしている事業企画への支援。具体的には新たな訓練を設計・実演することになると思います。
[[3-96]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-98]]
私は名のある軍事訓練学校を主席で出ているので、彼らのお役に立てるはずです。面接も、腕前を実演して見せれば突破することは容易と考えます」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-99]]
魔物の討伐隊として働くことが多かったが、軍人として実戦経験は無い。そのため、座学はプロに任せた方が良いかもしれないが、少なくとも弓や銃、飛び道具の扱いは人より秀でている自信がある。
[[3-98]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-100]]
「あれ?ワタシと面接した時は普通の学校出身って言ってませんでした?」
[[3-99]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-101]]
「すいません、隠していました。ノースアクトンの軍事訓練学校を卒業しています」
[[3-100]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-102]]
続けて私は説明する。
[[3-101]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-103]]
「出身校を隠した理由は、私があの学校が嫌いだからです。実力主義で弱者を追い出す校風のイメージが強く、卒業生のイメージも好き嫌いが分かれると思ったので」
[[3-102]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-104]]
「確かに、あの学校は四六時中イキっているマウンティングゴリラが排出されるイメージがあるデス。では、それをワタシに隠すのを辞めた理由は?」
[[3-103]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-105]]
「博士があの学校の卒業生と比較にならない変人だからですよ」
[[3-104]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-106]]
「ふむふむ、信頼してくれたと前向きに受け取っておくデス。2つ目の候補は?」
[[3-105]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-107]]
「2つ目はマルゼーグ東部の警備です。どうやら魔物が多く発生しているらしく、能動的に対応するため一時的に人数を増やしたいとありました」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-108]]
「なるほど、兵士として仕事を探そうとしたわけデスね。出来ることから選ぶ、定石デスね…3つ目は?」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-109]]
嫌な予感がするから答えたくはなかったが・・・
[[3-108]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-110]]
「…酒場のスタッフです。女は綺麗な服を着て酒を注ぐだけだと」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-111]]
「それにしよう。レインは可愛いから人気が出ると思いマスよ」
[[3-110]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-112]]
やっぱりか。いう気持ちで私が口をとがらせると、博士がすぐに話を撤回した。
[[3-111]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-113]]
「と、言うのは冗談で、好きな物を選ぶと良いデス。オススメは1つ目、街の外まで行かれるのは正直ワタシからすると困るので」
[[3-112]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-114]]
「酒場じゃなくて良いんですか?」
[[3-113]]
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思わず口調が軽快になってしまった。正直私が一番やりたいと思っているのは1つ目の選択肢だったからだ。
[[3-114]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-116]]
「ハイ!大丈夫デス!その気になれば1つ目と3つ目はカケモチできるので!」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-117]]
このツインテールやはり手ごわい。そう思いながらも、私の働き口は決まりつつあった。明日にでも連絡を取って、先方と話をすることになるだろう。
[[3-116]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-118]]
その後はこの旅の簡単なルールを話す事となった。
[[3-117]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-119]]
朝、昼、夜の食事は自由。タイミングが合うときだけ一緒にという話だった。
[[3-118]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-120]]
宿に関しては明日中に私が見つける必要があった。女二人、1か月程度の長期滞在が可能な宿を探す必要がある。
[[3-119]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-121]]
衣服や必要なものは宿が決まった後に、買い揃えて欲しいと言われた。博士の分も私が買い集めることになる。
[[3-120]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-122]]
話の中で「いくら使って良いんですか?」と聞くと、「この国の平均的な生活の範囲で」と抽象度の高い回答をもらった。
[[3-121]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-123]]
ちなみに、私の収入は私のお小遣いにして良いとのことだった。1年たてばかなりの金が溜まるだろう。
[[3-122]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-124]]
博士は平日5日間ガウルさんの研究を手伝うそうだ。正午まで寝て、手伝い、帰ってくる時間は日によって変わるらしい。
[[3-123]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-125]]
休日1日は私と観光をして、もう1日は一人で散歩をするという事だった。
[[3-124]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-126]]
「あぁ、そうだった。この張り紙を役所に張っておいてクダサーイ」
[[3-125]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-127]]
張り紙を見ると面倒なことが書かれており、私はまた少し頭が痛くなった。これが見知らぬ街・国で繰り返されるのであれば、報酬の一千万は妥当だったのかもしれない。
[[3-126]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-128]]
2章-3
[[3-127]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-129]]
博士はお昼過ぎにガウルさんの研究施設に向かい、打ち合わせ・情報共有をすると言っていた。私は今、その帰りの迎えに来ている。
[[3-128]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-130]]
つい先ほど日が沈んだマルゼーグは昨日よりも涼しく、心地よい夜風が一日の終わりを知らせていた。
[[3-129]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-131]]
「おーー可愛いの、ついとったんか」
[[3-130]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-132]]
「レインです。お疲れ様です」
[[3-131]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-133]]
研究施設から先にガウルさんだけが出てきた。「ふいー」と言いながら腰を伸ばすガウルさん。よく知らない若い女と過ごす無言の時間を前にして、陽気なおじさんは居心地が悪そうだった。
[[3-132]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-134]]
普段なら私もこの気まずい時間に耐えることになるところだったが、今はかえって都合がよかった。この人には聞きたいことがある。
[[3-133]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-135]]
「つかぬことを伺うのですが、」と声をかけると、ん?とガウルさんはこちらの方に体を向ける。
[[3-134]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-136]]
「ガウルさんは博士の研究がどんなものかご存じなのでしょうか?」
[[3-135]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-137]]
あの博士の事だから、同業者にも全く話していないだろうと思っていたが、まずは聞いてみることとした。
[[3-136]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-138]]
「知らん」
[[3-137]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-139]]
ガウルさんはきっぱりと答えた。
[[3-138]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-140]]
「知らんし、聞いたとしても俺が手伝えることは無いやろからなぁ。聞きたいとも思ってないわ」
[[3-139]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-141]]
研究者というとあらゆる物事に興味を持つイメージがあったが、この人はそうではないらしい。そうですか、と簡単に受け答えした所で本命の質問をすることとした。
[[3-140]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-142]]
「博士はもともと何の研究をしていた人なんでしたっけ?中央研究所での話です」
[[3-141]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-143]]
「なんや、なんも知らされて無いんかいな。わざと教えてないのかわからへんけど、教えたるわ」
[[3-142]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-144]]
『どうせ調べたらすぐに分かる事やし』と自己正当のような一言を添えて、ガウルさんは研究所時代の話を簡単にしてくれた。
[[3-143]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-145]]
ガウルさんは研究所の偉い人と言うわけではなく、あくまで研究者として20年以上過ごしているらしい。このマルゼーグにいるのは現在やっている研究の一環だそうだ。
[[3-144]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-146]]
ガウルさんが博士と出会ったのは4年ほど前、当時プロジェクトとして動いていた『術式を発生させる術式の研究』、この研究者として1年ほど同じ時間を過ごしていたそうだ。
[[3-145]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[3-147]]
『術式を発生させる術式の研究』に関してはかなりかいつまんで話をしてくれた。通常、魔法使いは自身の魔力を使って既定の魔法術式を生成する。
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その術式に応じて発生する現象が、炎だったり、氷だったり、風だったり変わってくるそうだ。つまり、魔法使いは『既定の魔法術式』を座学で覚え、それを生成するというプロセスを体で習得する必要がある。
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術式を発生させる術式の研究というのは、この術式を生成させるプロセスを簡素化、スキップすることを目的とした研究だったそうだ。
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「例えるなら、鍋に素材を突っ込んでカレーと言えば、カレーが出来上がる。みたいな事を目指した研究やな、何を切って何から茹でてとか、そういうプロセスと知識を不要にしようとした。楽しようとしたんや」
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「それは凄い研究だったんですか?」
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「凄い研究と言えば、凄いねんけど。あそこの研究は全部凄いからな。まぁ普通や。どのくらい世の中の役に立つ研究やったかというんは、まだわからん」
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「こればっかりは時間差があるし…需要があるかどうかで大きく変わってくるんや」
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「なるほど…ありがとうございます」
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「おーレイン、ついとったんか」疲れてもいない様子で博士が出てきた。
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「ガウルさんの言葉遣いが移っていますよ、博士」
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その後は3人で酒場に行って食事をすることになっていた。正直、役所で声をかけてきた男が居ないか心配していたが、その心配が杞憂だった。
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ガウルさんが紹介するお店はマルゼーグに古くからある名店であり、海側に突き出したテラス席に案内された私達は、夜風にあたりながらこの街の食事を楽しんでいた。
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「レインはお酒を飲むのデスか?」
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「いえ、まったく」
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18になってからはお酒を飲むことは許されているのだが、一度も口にしたことはなかった。
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よく酒を飲んで騒いでいた仕事仲間はこの酒がウマい、あの酒はマズいと不毛な議論をした後、翌日には揃って記憶が無いと答えたものだ。
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彼らの圧倒的な熱量で議論したお酒に関する情報はどこに行ってしまったのか。そもそも、記憶に残らないような状況で飲むお酒の味が分かっているのかも疑問だった。
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「なんやつまらんねぇちゃんやな、」よくお酒を飲みそうなガウルさんが呟く。そうそう、決まってこういう人が記憶を無くしていた。お酒と酔っぱらいが苦手な私は、つくづく酒場で働くことに向いていないと痛感していた。
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博士とガウルさんがお酒を頼み、私はオレンジジュースを頼んだ後、少しするとガウルさんチョイスのおすすめ料理が次々運ばれてきた。
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このお店で味わう料理はどれも絶品だった。
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まずは桃がアクセントになっている冷製トマトスープ。濃厚な味わいの中に紛れる桃の香りが爽やかさを際立たせている。
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その奥にあるのはレア目に仕上げられたオムレツだ。ジャガイモと玉ねぎが入ったシンプルでありながらアリオソースと粒マスタードの味わいが素晴らしい。
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その奥にはホタルイカのパエリアも用意されており、右半分は毛ガニを使ったパエリアになっているようで、一皿で二種の味わいが出来る贅沢な一品は、このマルゼーグの海を支配したような味わいだった。
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「なんやこのねぇちゃん、ごっつい楽しそうやな」
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「あぁ、確かに旅行好きとはいっていましたが、私もレインがここまでグルメにうるさいとは知らなかったデスね」
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二人の視線を感じてハッとなった。どうやら脳内で感想を言語化していたつもりが、全て言葉になって出て行ってしまっていたらしい。
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「「まぁたのしそうでよかった」わ」二人からハモってそう告げられたあと、今更冷静なフリをするのも逆に恥ずかしいので、思う存分味わうことにした。博士が世界を変えた後も、この味は残してほしいと願うばかりであった。
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食事を楽しんでいる間、酒飲みの二人は他愛もない話で盛り上がっていた。「たしかあの時ナミィが~」「それをモリスが~」と昔話をしている。
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ほとんどは研究所時代の思い出話だろうか?私が知らない二人の思い出を話してはゲラゲラと笑っていた。アクトンで籠りっきりの博士とは裏腹に、研究所時代は社交的で人と過ごすことが多い人だったらしい。
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その後「あいつは今〇〇をしていて~」と言った知人の近況報告をガウルさんがした後、博士が私に向かって話をはじめた。
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「しかし、レインは食べることが大好きなんデスね。旅行好きなのは食事がメインだったのデスか?」
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「そうですね、そうだと思います」
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私がそう答えると、酒に酔った博士はよくわからないことを言い始める。
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「ワタシは旅行先でおいしいものを食べるといつも残念な気持ちになるんデスよ。こんなおいしい料理が旅行先でしか食べられないなんてなんという不幸なんだろうと」
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博士が独特の世界観で話を始めたので、もう少し黙って聞くことにしてみた。
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「予約が必要な人気店や行列の出来る食事処なんかもそうデスね。こんなにおいしい料理を食べるためには苦労しなければならないのかと。
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もし、人生で一番おいしいと思う料理が旅行先で見つかってしまっては、もうそれは不幸と言う他無いデス」
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それはそうかもしれないが、たまにたべるから、苦労してたべることが出来るからおいしいのでは?と話すと。
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「ほんなら、俺が博士の家の蛇口からこのトマトスープが出る魔法考えといたるわ」とガウルさんが茶々を入れていた。
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三人で過ごした楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい。私は博士と二人、ホテルに向かっていた。
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「うーんいい店だったデース。また来たいデスね、レイン」
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「そうですね。是非また来たいと思います。博士の研究が終わった、その後で」
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そんなことを言ってみると「いつになるやら」と博士は小さく呟いた。
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「博士、自分の大好きなものが自分から遠い所にある。それは不幸なことなのでしょうか?」
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「さっきの旅行飯の話の続きデスか、私からすれば不幸な事とは言いましたが、それ自体はそれぞれが決める事デスよ」
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酔っぱらった博士は浮ついた質問にも付き合ってくれた。そして話す言葉は本心から出ているように感じる。
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月明かりが照らす夜道は、マルゼーグについた初日の夜道と少し変わって見えた。
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