第一章「私からするとほぼ不合格ですけどね」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-1]]
9月になっても日中の気温は高く、年々過ごしづらくなるこの国の未来を私が憂いていると、正午を知らせる教会の鐘が鳴り響いたので、伝言の通りその重厚な扉を開け、家に入ってみる。
[[2-0]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-2]]
「ごめんくださーい」
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築80年は経っているであろう木造一軒家の玄関は埃がかぶっていた。
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玄関に脱ぎ捨てられた靴は一足しかなく、私よりも少し小さいその靴の大きさから、博士が女性である可能性が高いことに少し驚いていた。返事はないが、家の中には居るだろうと思い、中に入る。
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-5]]
玄関を上がった右側一番手前の部屋を覗くと、ソファが置かれたリビングのような場所を見つけた。私はここで待つことにする。
[[2-4]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-6]]
散らかった本はこの国の言葉ではない。部屋の景色から博士のパーソナリティを読み取れるものはほとんど置かれておらず、これでは女性か男性かもわからないと思っていた頃、その人物は現れた。
[[2-5]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-7]]
「おぉ?」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-8]]
私の姿をみてその女性は硬直する。
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-9]]
「おおおおおおぉっ!!!」
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な、何にそんなに驚いているんですか。目の前の女性の見開いた目が私を捉えつづける。想像以上のテンションで迎えた初対面に動揺し、私は自分の心が一歩後ろに下がるのを感じる。
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-11]]
「イヤイヤ…これはオカシイか、ここは冷静に…」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-12]]
彼女は視線を逸らし、何もない空間に目をそらしながらブツブツとつぶやき始める。ゴホン。と一息つくと、彼女はゆっくりと息を吐き、口元を緩め、笑みを浮かべて私に話しかける。
[[2-11]]
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「驚かせてしまってゴメンナサイ。いや、驚いてしまって申し訳ないデス。なにしろ久しぶりの……来客だったもので。」
[[2-12]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-14]]
言葉を選びながらカタコトで話すその女性は、想像していたよりもずっと幼かった。
[[2-13]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-15]]
18になったばかりの私よりも年下に見える幼さを纏ったその女性は、ひときわ視線を集める大きな灰色の瞳でこちらを見つめていた。
[[2-14]]
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「は、はじめまして。レインと申します。博士の研究の助手を希望して面接に来ました。本日はお時間を頂きありがとうございます」
[[2-15]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-17]]
「改めましてユイレシカ・レーゲンデス!そんなにかしこまらなくて大丈夫デスよ、あまり人が来ない部屋だから散らかっていてゴメンナサイ」
[[2-16]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-18]]
そこは博士の研究室の前室のような部屋だった。
[[2-17]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-19]]
本来は応接室として用意した部屋だったのだろうが、付箋が多く張られた本が散らかっており、何に使われているか分からないノートやメモが散乱している姿からも、普段はリビングのようにくつろいで使っていることが容易に想像できた。
[[2-18]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-20]]
「いえ、お気になさらず」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-21]]
「えーっとどうしようか。まずは…自己紹介か、うん、そうデスね」
[[2-20]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-22]]
妙に嬉しそうに笑みを浮かべて博士は独り言を呟く。そんなに久しぶりの希望者だったのだろうか。
[[2-21]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-23]]
「簡単に自己紹介をお願いしても良いデスか?応募した経緯も含めて」
[[2-22]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-24]]
柔らかい笑顔で語りかけてくれる。魔法の研究者というぐらいだから、表情や考えていることが読み取るのが難しいおじさんを想像していた。
[[2-23]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-25]]
しかし、実際の博士は人当たりの良い、まだ幼さの残る女性だった。
[[2-24]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-26]]
「はい、レイン・クーハクと申します。今年で18になります。応募したきっかけは役所に張られた求人を見たからです。『術式を使わない魔法の研究』という言葉に興味を惹かれました」
[[2-25]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-27]]
人口2万人ほどのこの街(アクトン)の中心には、古びた大きな教会があり、その地下が街の役所として機能していた。
[[2-26]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-28]]
国から募集される建設や軍人の求人があった場合、役所で説明会と選抜が行われている。その選抜に敗れた者たちは、個人が出している求人の張り紙を見て、そこから仕事を見つけて稼ぐことで生計を建てている。
[[2-27]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-29]]
役所に張られる求人のほとんどに『期間』、『報酬』が書かれているが、博士の求人では『未定』、『成果報酬』と書かれていた。
[[2-28]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-30]]
「そうでしたか、そうでしたか。私が手書きで書いたあの紙一つで興味を持ってくれるとは、自分で張っておきながら驚きデス。こんなに可愛い人が来てくれるなんて」
[[2-29]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-31]]
言葉とは裏腹に驚く様子はなく、少し机に目を落としながら[こうなることを待っていた]と言わんばかりの表情で話す言葉から、彼女の自信と喜びが伝わってくる。
[[2-30]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-32]]
「そうだ、私の研究については役所の担当者と少し話を出来マシタ?」
[[2-31]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-33]]
「はい、担当の方と会話は出来ましたが、具体的な内容を伺うことは出来ませんでした。術式や魔法陣を使った魔法の研究を一区切りつけて、全く新しい研究を始めていると聞いています。
[[2-32]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-34]]
加えて、博士が国の中央魔法研究所出身という事も伺っています」
[[2-33]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-35]]
--回想--
[[2-34]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-36]]
「ユイレシカさんの求人か…ちょっとまってくださいね…」
[[2-35]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-37]]
普段、問い合わせがあるような求人では無い様子で、役所の担当者である若い男性は、ベテラン風の先輩に相談へ行った。少しすると、ベテラン風の担当者が代わりに説明をしに戻ってきてくれた。
[[2-36]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-38]]
「この求人で問い合わせがあった場合、伝えることが決まっているんだ。そのまま読み上げるよ」
[[2-37]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-39]]
「はい、お願いします」
[[2-38]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-40]]
「私の求人に興味を持ってくれてありがとう。直接会って話がしたいから昼の12時に私の家まで来てほしい。日付は問わない。57-CourtStreet-Actonで待っている」
[[2-39]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-41]]
「それだけですか?」少し驚いた様子で私が担当者に聞くと。
[[2-40]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-42]]
「これだけだね」と、担当者はきっぱり言い切ってしまった。
[[2-41]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-43]]
「…」
[[2-42]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-44]]
これは正直困ってしまった。せめて研究内容は何か、期間はどの程度なのか、助手の仕事内容は何か、報酬はどのくらいもらえるのか、このあたりの情報のいずれかは貰えるだろうと思っていたが、見事な空振り四振である。
[[2-43]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-45]]
私は顎を少し触りながら眉間に皺を寄せる、諦めたようなため息のあとに口を開いた。
[[2-44]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-46]]
「コートストリートの57番ですね、行ってみることにします」
[[2-45]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-47]]
そう言うと、役所の担当者は「まじかよ」と言わんばかりに驚いていた。一礼して立ち去ろうとする私を担当者が呼び止める。
[[2-46]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-48]]
「博士は、『中央魔法研究所出身』の方だ。博士の住所を復唱する志望者が居た場合、この情報を伝えろと言われている」
[[2-47]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-49]]
「ありがとうございます」
[[2-48]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-50]]
住所を復唱した場合だけ追加の情報を…?発想と目的の両方が読み取れない条件付けに困惑しながらも、私はこの博士と言う人物に対して興味を持ち始める。
[[2-49]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-51]]
「聞いた話では、博士は中央魔法研究所の研究に区切りをつけて、全く新しいことを始めたそうだ。それでは」
[[2-50]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-52]]
そう言って担当者は忙しそうに業務に戻っていった。
[[2-51]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-53]]
「その情報だけで、君はこの面接まで来ることにしたんだ。ワタシが言うのもおかしな話デスけど、レインさんは変わった子デスね」
[[2-52]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-54]]
今度は机ではなく私に目を向けて博士が話す。妙にニコニコしている。いや、ニヤニヤしている。
[[2-53]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-55]]
「はい、あの内容で募集している人がどんな人なのか…会ってみたくなりました」
[[2-54]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-56]]
その問いかけに、私は少し言葉に意味を持たせて答えてみる。博士の表情は変わらない。
[[2-55]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-57]]
「アハハ、ご期待に沿えていると良いのデスが…」
[[2-56]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-58]]
博士は嬉しそうに言い捨てた。
[[2-57]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-59]]
「あ、私の自己紹介でしたね。私はノースアクトンで生まれ育ちました。15で学校を卒業してからは一人暮らしを始め、役所や知人から紹介された仕事で生計を建てています。
[[2-58]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-60]]
私の家系は古くから弓士の家系で、魔法の素養をほとんど持ち合わせていません。
[[2-59]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-61]]
もちろん魔法学校に通ったこともありません。普通に読み書きや算数、経済を少し学ぶ学校を卒業しました。趣味は…旅行です」
[[2-60]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-62]]
仕事を受ける際に伝えている定型文を伝えた。魔法の研究と言う事だから、私に魔法の素養が無いことも伝えておくべきだろう。
[[2-61]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-63]]
私は趣味と言えるほど立派な趣味は持ち合わせていない。聞こえがよさそうな旅行という言葉を使っただけで、空いた時間のほとんどは弓の鍛錬に使っている。
[[2-62]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-64]]
しかし、あれを趣味と言うのは弓士としてのプライドが許さなかった。
[[2-63]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-65]]
「ありがとう。レインさんに魔法の素養は全くないんだけれど、魔法に興味があるから『術式を使わない魔法』という言葉が気になったワケだ」
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「その通りです。あと、呼び捨てで構いませんよ」と答えると博士は笑顔で頷いた。
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-67]]
「私の募集要項に、『旅をする中で死なない程度に強い事』と書いたはずだけど、弓の腕前と体力に自信があるという事でいいかな?」
[[2-66]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-68]]
「はい、ご認識の通りです。一人でワーウィックを討伐した事もあります」
[[2-67]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-69]]
ワーウィックはノースアクトンの北の森に出現する狼の魔物であり、その目撃情報が出ると即時討伐隊が編成され、十数人で討伐する任務が発生する。
[[2-68]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-70]]
これを一人で倒したというのは虚言と取られるリスクがあると同時に、自慢をしているように思われるリスクもあったが、それでも定量的な実力を示す実績にはベストだと考えたのだが、博士の受け取り方はどうだろうか。
[[2-69]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-71]]
「コーヒーを淹れましょうカ」
[[2-70]]
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そう言って博士は立ち上がって台所に向かった。どうやら私に興味を持ってもらえたようだ。
[[2-71]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-73]]
台所に向かっている博士の背中をじっと見る。そうすると、ようやく視覚的な情報が頭に入り始める。
[[2-72]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-74]]
身長は165cmある私よりも小さく感じ、黒色のツインテールが特徴的で華奢な体を黒いシャツが覆い、靡かせた黒いスカートが彼女の髪と共に揺れており、彼女が上機嫌である事を後ろ姿で主張しているようだった。
[[2-73]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-75]]
全体がモノトーンで構成された彼女の姿は、魔女にふさわしいミステリアスと同時に、少女のような無邪気さを纏っていた。
[[2-74]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-76]]
博士が15歳で学校を卒業し、大学を卒業しているのであれば、21歳で研究者、在学中からの研究を一区切りするまで三年かかると仮定したら、彼女の年齢は24歳前後のはずだが、見たところ10代にしか見えない。
[[2-75]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-77]]
私のような一般人が知る事の無い、魔法を学ぶ学校があるのかもしれないし、そもそも相手は魔法使いだ、見た目から年齢を推測する事すら間違っているのかもしれない。
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-78]]
そんな事を考えていたらモノトーンのツインテールが振り返る。
[[2-77]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-79]]
「砂糖とコーヒーは入れマスか?」
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砂糖とミルクを見せながら博士が言う。
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「砂糖とミルクですよね、私はブラックで大丈夫です」
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「え?」
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「え?」
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あれ?私は何か変なことを言ったのだろうか?もしかしたら『ブラック』という言葉の意味が伝わっていないのかもしれない。相手に恥をかかせるわけにはいかないと私の脳は動き出していた。
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「あ、あぁ。砂糖とミルクを入れないコーヒーの事をブラックと呼ぶんです。なので、砂糖もミルクも不要です」
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中央魔法研究所まで行くような人物だ。一般常識に触れることも少なく、研究に没頭していた場合、多少世間知らずな側面を持ち合わせているかもしれない。
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あやうく超が付くエリートの博士を相手に恥をかかせてしまう所だった。
[[2-86]]
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「あ、そうか、そうだった。私はいつもホワイトだからさ」
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「…砂糖とミルクを入れるコーヒーをホワイトとは呼びません。そんな一か八かをぶつけてこないでください」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-90]]
運任せで知ったかぶりを突き通そうとした博士が、踏みつぶされたカエルのような表情で硬直していた。
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カチャン。
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対面のソファに腰を掛けてコーヒーを置いたその人の表情は、踏みつぶされたカエルから中央魔法研究所の研究者の表情に戻っていた。
[[2-91]]
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「魔法使いも、やかんやコーヒーミルを使うんですね。全部魔法でやっちゃうんだと思っていました」
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「アハハ、やろうと思えば出来るんデスけどね。私は自分の能力をひけらかすのが嫌いなんデスよ。なんか恥ずかしいじゃないデスか。」
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能ある鷹は爪を隠せ。ということだろうか。まるで、身に着けた技術や知識を見せびらかして承認欲を満たそうとする現代人に対して毒を吐くようなその姿は、最初に見せた物腰柔らかい印象と対照的に見えた。こちらが本性なのだろうか。
[[2-94]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-96]]
「・・・そういうものなんですね。すいません、魔法使いの方にお会いしたのは初めてだったので。さっそくお仕事の話を聞きたいのですが、期間や報酬についてお伺いしてもよろしいですか?」
[[2-95]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-97]]
「そうデスね、先にそっちの話をしてしまいましょう。結論から言うと期間は1年、報酬は一千万デス。前金でその内の半分を渡すことも可能。としましょうか」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-98]]
想像以上の金額に動揺する。研究の助手というくらいだから、数年単位で更新する形になるだろうと思っていたが、金額に関しては嬉しい誤算だった。なにしろ私の前年度の収入の3倍を超えている。
[[2-97]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-99]]
「い、一千万ですか。ありがたいお話ですが、その金額を聞いてしまうと次の質問は『助手の仕事内容は何ですか?』になりますね。あ、前金は結構です」
[[2-98]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-100]]
当然の質問だった。なにしろ通常の収入の3倍であり、それも中央魔法研究所を抜けてまでやりたい研究、その助手だ。
[[2-99]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-101]]
「あ、えーっと。そうだなぁ。うん。まぁ、そんなに大変では無いんだけど、あれだな。何から話そうか・・・」
[[2-100]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-102]]
そう言って先ほどまで凛としていた博士は・・・ごにょごにょし始めた。
[[2-101]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-103]]
この魔法使い、どう見ても人に言えない研究をしようとしている。
[[2-102]]
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禁術の研究か?そんなものの研究に私が役に立つとは思えない、まさか人体実験だろうか。そうなると『体力に自信があるか?』の意味も随分と変わってくるが・・・。
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「言いにくい内容なんですか?」
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「いや、そんなことないよ?言えるよ?言えるんだけどさ、言い方が難しいデス・・・」
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博士から具体的な情報は一切出てこないが、『言える』内容らしい。そうなると研究内容が難しすぎて素人の私には伝えにくいという事だろうか、等と推測している私の前で博士は腕を組み、目を瞑ってこう言った。
[[2-106]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-108]]
「ちょっと、25分待ってね」
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「長すぎますよ」
[[2-108]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-110]]
コーヒーを淹れる前までの円滑なコミュニケーションが嘘のようだ。序盤は楽しくコミュニケーションをしていたのに、今では1分が気が遠くなるように長い。
[[2-109]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-111]]
恐らく、このコミュニケーションは[研究内容を聞きたい私]と[研究内容を話したくない博士]の姿勢がパラドックスを生んでいる。アキレスは亀に永久に追い付かないのだ。
[[2-110]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-112]]
その後、やんわり研究内容を聞いてみたり、どういう事をするのか聞き出そうと試みたが、カエルのような顔をして動かなくなった博士からそれらしい情報は一切出てこなかった。
[[2-111]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-113]]
「時間がかかっても、難しい内容でも構いませんから、1から100まで話していただけませんか?
[[2-112]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-114]]
私は基本的にこの話をお受けするつもりですし、仮にこのお仕事をお受け出来ない事となっても、博士の研究内容を口外することはありません」
[[2-113]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-115]]
私はソファから身を乗り出して、腕を組んだままあぶら汗をかくカエルに向かって優しく伝えてみる。すると、博士は観念したようで口を開いた。
[[2-114]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-116]]
「まず・・・人間が存在しマスよね?」
[[2-115]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-117]]
「?・・・はい、そうですね」
[[2-116]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-118]]
「ワタシは新しい魔法を使って世界を良くしたいんデスよ・・・」
[[2-117]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-119]]
「はい、その魔法の内容は?」
[[2-118]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-120]]
「それが言えない」
[[2-119]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-121]]
思わず首をガクっと下げる。
[[2-120]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-122]]
「さっき『言える』って言いましたよね!?」
[[2-121]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-123]]
いつもは冷静な私も声が大きくなってきた。
[[2-122]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-124]]
「1から100まで話してくださいと言ったんです。1と100だけ話して欲しいとは言っていません!」
[[2-123]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-125]]
「スイマセン」
[[2-124]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-126]]
「物語の冒頭と結末から物語を推測する水平思考ゲームが始まったのかと思いましたよ」
[[2-125]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-127]]
「何それやりたい」
[[2-126]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-128]]
「うるさいですよ」
[[2-127]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-129]]
「スイマセン」
[[2-128]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-130]]
ついに博士に「うるさい」とまで言ってしまった。
[[2-129]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-131]]
どうやら本当に研究内容は言えないらしい。とはいえ、『世界を良くしたい』と言っているので悪い研究ではない印象もある。
[[2-130]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-132]]
「博士が研究内容を私に言えないことはよくわかりました、そうなると私は貴方の助手として具体的に何をするんですか?実験台ですか?」
[[2-131]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-133]]
余裕がなくなってきた私は早口になっていた。
[[2-132]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-134]]
「実験台なんてとんでもない!お願いしたいのは・・・宿の手配をしたり、移動手段を用意したり、移動中の護衛をしてもらったり・・・して欲しいです」
[[2-133]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-135]]
・・・なんとなくこの人の事が分かってきた。恐らく研究のために色んな国や街を回っていく中で、世間知らずの博士の身の回りの世話をする人物を探しているという事なのだろう。
[[2-134]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-136]]
なにしろブラックコーヒーが何かも知らない世間知らずな人だ。その可能性は高い。
[[2-135]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-137]]
「つまり付き人として一緒に旅をして欲しいという事ですね?最初からそう言えばよかったと思いますよ?」
[[2-136]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-138]]
「あ、そ、そうデスよね。ただ、この内容だと魔法に関する勉強が出来ないと思われると思いましテ・・・」
[[2-137]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-139]]
なるほど、この人は『私が魔法を覚えたい』という目的を持って志願したと思っており、その期待を裏切る事になってしまうため、言いづらくなってしまっていた。そういう事なのだろう。
[[2-138]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-140]]
「と言う事は、私は魔法を教わることが出来ないということですよね・・・」
[[2-139]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-141]]
「あ、それはNoデス」
[[2-140]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-142]]
「え?」
[[2-141]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-143]]
一体どういうことだ?
[[2-142]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-144]]
『研究内容は話せない』、『付き人として事務作業と護衛をするだけ』、で魔法が使えるようになる?[一緒にいるだけで魔法が使えるようになる魔法]という線は『人体実験ではない』という回答で無くなっているし、さっぱりわからなくなった。
[[2-143]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-145]]
「研究内容は話さない、付き人として護衛と事務をする。その結果、私も魔法が使える可能性が出てくるという意味ですか?」
[[2-144]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-146]]
「理解はして貰えないでしょうけど、認識はあっているデス」
[[2-145]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-147]]
博士の家に入ってから1時間はたっただろうか。最初は人当たりの良い偉大な人物だと思っていたが、ポンコツな側面もあり、逆に私が助けになれる人物のように感じていた。
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-148]]
コーヒーも冷めた頃、私の中で答えは決まっていた。
[[2-147]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-149]]
「わかりました。その話、受けさせてください。と言っても、そもそも私は合格だったんでしたっけ?」
[[2-148]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-150]]
「はい!合格デース!」
[[2-149]]
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明るく笑顔で言ってくれる博士とは対照的に、私は落ち着いて表情一つ変えていない。「私からすると博士はほぼ不合格ですけどね」と言わない私は大人だった。
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-152]]
「ありがとうございます。是非よろしくお願いします。」
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凸凹なコンビが誕生した瞬間だった。
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-154]]
その後は細かい話をすることとなった。どうやら研究内容は話せないらしいが、世の中の人を実際に見て回る事でその魔法は完成するらしい。
[[2-153]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-155]]
具体的なことは一切教えてくれないので、分からないことは多かったが、魔法使いが研究のために世界を旅するという理屈とは合致したため、ある程度納得できた。
[[2-154]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-156]]
さっそくだが、近日中にこの街(アクトン)を出ることになるらしい。
[[2-155]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-157]]
一度アクトンを出れば、年単位で旅をすることとなり、その旅先で発生する宿代や飯代は博士が出してくれるらしく、衣服や必要な道具もその場で手に入れて捨てるか、人に譲って旅をすることとなるとのことだった。
[[2-156]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-158]]
私は、この旅を通じてこのポンコツエリートが何をしようとしているのか、徐々に知ることになっていく。
[[2-157]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-159]]
そして、そこで迫られる選択と、その先の未来で待っている絶望と向き合うことになる事を、この時の私はまだ知らない。
[[2-158]]
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1週間後の出発の日、必要最小限の荷物と、長年使いこんだ弓だけを持った私が博士の家の前に着くと正午知らせる鐘が鳴っていた。
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[[2-160]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-162]]
その音と同時に重厚な扉を開けて出てきた博士の瞳が私を見つけると、笑顔になって私に向かいこう言った。
[[2-160]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-163]]
「荷物が重いから手伝ってクダサーイ」
[[2-162]]
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リビングに入ると、革で作られた巨大なカバンがソファに転がっていた。博士がそのまま入れそうな大きさのそのバッグは、持ち上げてみるとかなりの重量があり、当然私はこの中身が気になっていた。
[[2-163]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-165]]
「博士、これめちゃくちゃ重いんですけど、何がはいっているんですか?研究に関わるものですか?」
[[2-164]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-166]]
「いえ、研究に関わるものは入っていないデス」
[[2-165]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-167]]
「じゃあ、次の質問は『中を見ても良いですか?』です」
[[2-166]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-168]]
中を開けてみると、要らないもので溢れていた。博士が昔から持ち歩いているらしいぬいぐるみ、愛用しているマグカップ、おばあちゃんからもらった大きなはさみ、ドライバー、コップ、皿、着火剤、ガス缶、衣服、トランプやボードゲーム。いや衣服はいらないって話だったでしょうが。
[[2-167]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-169]]
「あなた魔法使いですよね?ハサミも着火剤ガス缶も要らないでしょう?」
[[2-168]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-170]]
「スイマセン」
[[2-169]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-171]]
「あと、なんで上着、スカート、下着、靴下全部小分けにしてるんですか。わざわざ革の袋に入れて。袋の中に袋ばっかり入ってマトリョーシカみたいになってますよ。最終的に中身無いのかと思いましたよ」
[[2-170]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-172]]
「スイマセン」
[[2-171]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-173]]
「っていうかこの大きなカバンの内容物がほとんど袋ですよ。革の袋が内容物の50%占めちゃってますよ」
[[2-172]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-174]]
「ヨソウガイデス」
[[2-173]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-175]]
最終的にハンドバックサイズの荷物になった博士と家を出ることになるまで1時間近くかかってしまっていた。
[[2-174]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-176]]
私達はアクトンの南端に位置する駅に向かっている。少し丘の上にあるその駅に向かいながら私は初めて会った日に聞きそびれていたことを博士に聞いてみることにした。
[[2-175]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-177]]
「そういえば博士」
[[2-176]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-178]]
「ハイなんでしょう」
[[2-177]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-179]]
「初めて会った時、博士が異様に喜んでいた気がするんですけど、私以外に面接に来た人はいなかったんですか?」
[[2-178]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-180]]
「あー…そうですね。あの求人で来てくれたのはレインが一人目デスよ。…なので結構ビックリしましたね!」
[[2-179]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-181]]
「そうだったんですね…。ということは、研究は今までずっとお一人で?」
[[2-180]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-182]]
「アクトンに来てからはそうデスね。それ以前は後輩の女の子と二人で研究をしていたのデスが、色々あって私一人でやることになったのデス。」
[[2-181]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-183]]
色々あった…?それが原因で中央魔法研究所を離れることになったのだろうか。
[[2-182]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-184]]
私が「そうだったんですね」と受け答えると博士が言葉を続ける。
[[2-183]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-185]]
「その子と揉めた、とかじゃないのでご安心クダサーイ。私の研究内容が組織的にちょっと微妙でして…やりにくいので一人でやってみることにしたって感じデス。」
[[2-184]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-186]]
なるほど。その後輩の人と会うことが有れば、博士の研究内容が分かるかもしれないと考えていると、次の街へと向かう列車が停まっている駅にたどり着いた。
[[2-185]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-187]]
「じゃ、行きマスか」
[[2-186]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-188]]
「はい」
[[2-187]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-189]]
列車へ向かい前を歩く博士に私はついて行く。駅から見える田舎町の故郷を見渡しながら新しい世界へと足を踏み入れる私の背中を、故郷の風が押してくれた気がした。
[[2-188]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-190]]
新しい生活を始める時はいつも、その最初の光景を忘れず覚えている。私がこの旅を振り返る時、一番最初に思い出すのは、目の前を歩く小柄な女性の後ろ姿と、この夏草の揺れる丘になるのだろう。
[[2-189]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-192]]
最初に向かう街はマルゼーグという港町だ。
[[2-190]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-193]]
私や博士の住んでいたアクトンから南の方角に位置しているその街は、宗教上厳しくなっていた規則が緩くなったことにより、自由恋愛が認められ、人々の娯楽となるコンテンツが発展していった結果、徐々に若者の人気を得ていることで有名だった。
[[2-192]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-194]]
その反面、政治体制が変わりつつあることもあり、治安は良くないそうだ。テロや無許可のデモに対しては厳罰が下る上に、この街には元々男尊女卑だった時代の名残が散見するという話を聞いたことがある。
[[2-193]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-195]]
それが、女二人の旅人である私達にどれだけの影響があるかは想像がつかない。
[[2-194]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-196]]
マルゼーグへの移動は鉄道で8時間。出稼ぎのために移動が多かった私からすれば、何の苦でもない移動時間だったが、初めて遠出をする博士にはそれなりに堪える様子で、1時間も経つと文句を言い始めた。
[[2-195]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-197]]
「長い、あと7時間は拷問デース」
[[2-196]]
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窓側の席で、晩夏のアクトン南部の景色を見ながら、博士は機嫌が悪そうにつぶやいた。
[[2-197]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-199]]
「魔法で飛んだり、移動は出来ないんですか?」
[[2-198]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-200]]
通路側の席の私が当然の疑問をぶつける。この世界において魔法使いは極めて希少で、私のような一般人はそもそも出会うことも、話を聞くことも無いのだ。
[[2-199]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-201]]
「現代の魔法だと飛ぶというより、ぶっ飛ぶという感じになるでしょうね。離陸時と着弾時に身体強化の魔法を使えば肉体は耐えられるかもしれませんが、着弾時の衝撃でテロリストが爆撃をしてきたと勘違いされるかもしれないデス。
[[2-200]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-202]]
ちなみに、魔法の使えないレインが私と一緒に飛ぶと、離陸時に赤いペーストになるデス。綺麗な虹が出来そうデスね」
[[2-201]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-203]]
「…魔法の研究が進めば自由に飛べるようになりますか?」
[[2-202]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-204]]
博士の頭の中でペーストとなり、虹となっていた私は機嫌が悪そうに話題を変えた。
[[2-203]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-205]]
「20年後には出来るようになるかもしれませんね、魔法使いだけデスが。燃料を使った船が空を飛ぶ方が早いでしょうね」
[[2-204]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-206]]
「…街に着いたら最初に何をしますか?」
[[2-205]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-207]]
「マルゼーグにいる知人に向こうの研究を1か月手伝うと伝えているデース。当面はそれで得られるお金で生活をしマス。最初に宿を取って・・・」
[[2-206]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-208]]
旅先での資金は全て博士のポケットマネーで処理するのかと思っていたが、そういった金策を練っていたのか。恐らく、表向きは魔法研究の支援を行いながら街を転々とし、裏で本来の目的の研究を進めるのだろう。
[[2-207]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-209]]
「・・・している間、レインはマルゼーグで仕事を探してもらいマス」
[[2-208]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-210]]
「え?私、向こうで仕事をするんですか?」
[[2-209]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-211]]
「はい、役所で求人を調べてレインが出来そうな仕事を見つけてクダサーイ。この時、人間関係に問題を抱えていそうな職場を狙って欲しいデス」
[[2-210]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-212]]
「その心は?」
[[2-211]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-213]]
「それは言えないデス」
[[2-212]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-214]]
肝心なところはすぐこれだ。求人を見つけて仕事をすること自体は何の抵抗もないし、私にとってすれば日常だが、人間関係に難がありそうな職場…余計な注文が入ってしまった。
[[2-213]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-215]]
「加えて、役所に『あなたの周りの揉め事を何でも解決します』という広告を張りマス。これで来た相談人の問題を解決していくイメージ、デス」
[[2-214]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-216]]
「それは二人がかりで、ということですよね?」
[[2-215]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-217]]
要するに、博士が言っていた『世の中の人を見て回る』というのはこういうことなのだろう。
[[2-216]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-218]]
世の中の人が何に困っていて、どう解決しようとしているのか。そのリアルを見て回り、そこにどんなテコ入れをするのがベストか、その目で確かめるつもりだ。私は助手兼、そういった綻びを見つけるのが仕事と言った所だろうか。
[[2-217]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-219]]
「YESデス」
[[2-218]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-220]]
いつもの自信満々の表情で窓からツインテールが振り向いて言い切る姿を見て、私はこの人が人間関係で揉めたことが少ないのだろうと推測する。
[[2-219]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-221]]
そうでなければ自らそれに首を突っ込み、解決しようなどとは思わないはずであり、彼女が世間知らずと言う事を再認識した私は、博士の灰色の瞳を見てこういった。
[[2-220]]
(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-222]]
「博士、人間関係に問題を抱えていそうな職場と言いましたけど、おそらくこの世の全ての場所にその問題は存在しますよ」
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-223]]
すると博士は頷き、私はこれを『好きな仕事を選んで良いよ』と受け取った。
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(align:"==>")+(box:"=XXXX")[[2-224]]